社説 /国体から1年 選手強化の認識深まる

平成13年11月4日(日):北日本新聞

 20世紀の有終の美を飾り21世紀のモデルとなることを目指した「2000年とやま国体」。その秋季大会が富山県で開かれてから1年が過ぎた。

 とやま国体には多くの県民がさまざまな形で運営や支援にかかわり、スポーツの総合祭典は大成功したと言っていい。誘致に名乗りをあげてから20年近く計画的に準備を進め、無理のない運営に努めた成果だ。

 地元国体で県選手は期待通りの活躍を見せ、男女総合優勝を果たした。各競技団体の地道な取り組み、県内企業チームの参加、県外からの移入補強など総合力でつかんだ栄冠だった。

 そうやって頂点に達した県スポーツ界の競技力を「国体後」にどれだけ維持していけるのか。このことは国体誘致が決まった時点から県や競技団体に課せられた問題だった。

 「国体後」の1年目。まず県の競技力向上対策費は大幅カットとなった。昨年と同規模というわけにはいかないまでも、途端に約半分となったことに競技団体から不満の声聞かれた。

 昨年をピークとした選手層の世代交代で戦力ダウンも見られた。インターハイでは、県勢の入賞数が昨年に比べてがたっと減った。とやま国体の主力だった当時の高校3年生が抜けた後とあっては仕方ない。

 県スポーツ躍進の一翼を担った企業チーム。それらの休部が国体終了直後から相次いだ。元々、県などの要請を受けて立ち上げたチームが多く、「地元国体が終わるまで」の役目を果たせば撤退はやむを得ない。ただ、県の「お家芸」のリーダー的存在を失ったのは痛手だ。

 強力体制の弱体化も心配される県スポーツ界。だが、先月、宮城県で開かれた「新世紀・みやぎ国体」で県選手団は男女総合得点9位、女子総合得点7位と、ともに「1けた台」としていた目標を達成した。大健闘である。

 これは、成年組と少年勢の連携による選手強化策が定着したことを示すものであり、バドミントンなど各競技で成果が表れていた。国体に限って言えば、個人や単独種別で上位入賞するだけでは総合成績に結びつかない。そうした強化システムを今後も地域で実践し、競技スポーツの振興につなげてほしい。

 みやぎ国体では、アーチェリーの少年男子団体が初優勝を飾った。宇奈月町にアーチェリー競技施設が整備され、近隣の学校に指導者を配置したことによる成果が「国体後」に現れた。新たな「わが町のスポーツ」として根付かせるチャンスにしてもらいたい。

 地域でのジュニア層からの指導、中・高一貫の強化の重要性について、指導者らは以前と比較にならないほど認識を深めた。それが国体開催の財産だ。

 各競技で、地元国体のような成績をそういつまでも出せるわけがないが、そうした機運を絶やさなければ、県が将来に向けて目標としている「国体で常に10位台」は可能だろう。

 

 

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